アイスクリーム・メモリー。
プラットホームの上で、帰り道に電車を待つ場所は、だいだい決まっていたりする。原宿駅の場合はこのように先頭車両に乗れる位置に立つ。なぜかというと五反田駅で乗り換えがしやすいからという単純な理由。
私の家の冷蔵庫は上京してから約10年の間、文句も言わずに動いてくれたけど、ここ数年夏場はちょっとしんどそうな感じで、牛乳の冷えもいまひとつになってきた。ということで、土曜は新しい冷蔵庫を注文しに秋葉原に。久々に秋葉原を1時間くらい歩いてみた。秋葉原の湿った風は、この10年間のことを思い出させてくれた。たぶん10年前、初めて秋葉原に来たのも、この季節だった気がする。思えば、東京に来て初めの一年が一番刺激的だった。過ぎ行く年月とともに、確かに存在したあの一年を、私はだんだん忘れようとしている。なんとか思い出そうとしても、記憶はアイスクリームが融けるように形を失っていき、さらには、そのなんだかわからなくなった形の記憶が美化されて、たまにあった良いことしか思い出せなくなる。では、まだ記憶が美しいものだけにならないうちに、何かに定着出来ないだろうか、とヨドバシカメラまでの道でふと思った。「長編」の二文字が頭をよぎる。一年くらいかけてシコシココツコツ書いてみようかな、とか安易に思う。冷蔵庫も新しくなるし、引っ越しもするから環境もよくなるし。歩いてると、題材にできそうな、あの事件や、あの出来事のことが思い出される。冷蔵庫をとっとと買って早く家に帰って、人物設定とかあらすじを書いてみよう、とか思った。しかし結局、久々の電気屋さんだったのでこっちのほうが楽しくなってしまい、冷蔵庫を買ってから、不覚にも2時間ちかくヨドバシカメラの各階を徘徊してしまった。
秋葉原では最後列の車両に乗るために、駅の後ろの先っぽの方で電車を待つ。そうすれば五反田駅で乗り換えがしやすいからだ。
シティ・ハンター。
赤坂のオフィスに来てから、たまに昼飯のあとに赤坂散策を楽しんでいる。赤坂は読んで字のごとく、坂が多い。そして、坂と坂をつなぐ路地も多い。ちょっと路地に入ってみると、「東京ってこんな感じ」っていう風景が待ってることが多い(独断と偏見だけど)なんか、誰が住んでるかわかんないようなマンションがあって、そのマンションの駐車場にはミニ・クーパーが停まっていて、みたいな。そんな都市の風景を、まさしくシティ・ハンターになった気分でシャッターを切って楽しんでいたり。。。これ上司にバレたら怒られるかなぁ。
射的場のメリーゴーラウンド。
駅を下りると、なにやら通りがにぎやかで、浴衣を着た大人子どもも多く歩いていた。その日は祭りの日だった。
神社の階段を上がると出店が何軒かテントを張っていた。輪投げ屋、烏賊焼き屋、焼き鳥屋、射的屋。ふと足を止めた。射的屋には現代らしく、WiiとNintendoDSが決して倒れない賞品として並んでいた。そういえば私が子どもの時も、当時の子どもの欲しいものリスト上位であるスーパーファミコンが並んでいた。箱の中身はたぶん石であった。しかしやはり幼かった私は欲望を素直に出して、決して倒れない石入りの箱に何発もコルク弾を当てた。いまも昔も祭りの根本原理は変わらないのか。
西日の小道。
鯉のいる小川を通って駅までの道を歩く。陽はすでに斜めに傾き、道を午後の少しひんやりとした風が私を追い越していく。すると前から日傘をさした中年の女性が歩いてくる。担いだ日傘は陽に透けて、まるで西日を背中に背負っているかのようだった。
しばらく小川づたいに歩くと、関のところになにか白いものが見えた。近づいてみるとそれは鯉の屍だった。たしか小学生のころ、学校の入り口の池の鯉が死んでいたのを見たのもこの季節だった気がする。水中の季節も過ごしやすくなって、鯉の方も気が抜けてしまったのだろうか。
関白宣言。

先日、友人宅で催された豚の丸焼きパーティに出席。画像はオグリッシュなため自粛させてもらうけど、それはもう、こんがりとした、豚ちゃんで、みんなでレタスで巻いて美味しくいただきました。まったりと豚と会話とビールを楽しんでいたんだけど、宴もたけなわな頃、突然友人カップルの男子Aさんが女子B美さんへプロポーズ。初めてプロポーズの現場を目の当たりにした私は口があんぐり、目はうるうる。感動した。人が人に深い想いを伝えるのに感動した。こういう瞬間って、なんでこんなショッキングで美しいのかな。ちなみにB美さんは私と同い年。Aさんは35くらい。
いままで私は結構結婚について考えて挫折したり、人に嫌な思いをさせたりしてきた。金もそんなないし、帰ってくる時間だっておそい、たまに休みも出勤する。だから迷惑かけたくないなんて、不安になったりしたのが、男として本当に恥ずかしい。理由はそんなことじゃないんだよね。わかってんだけど、わかってんだけど。やっぱり現実って甘くないんだよ、と自分にいまだに言い聞かせてしまう。誰に似たのだろうか。
霧がかった平原。

昨日から一年間本社勤務になった。3月の終わりくらいに役員に呼び出されて「行ってみない?」的に軽いノリで異動の宣告をいただいた。どうやら裏では何ヶ月も前に異動候補者を絞っていたみたいで、知らないのは自分だけ、という状態。たぶん私の断れない性格も見透かされてたんだと思う。
でもまぁ、新しい環境って単純に新鮮だし、遠くで霧がかっていた平原の中にズタズタと恐いもの見たさ、軽いノリで入っていくのは嫌いじゃないので、よいのではないだろうか、と自分には言い聞かせている。
ぜんぜん関係ないけど東京ってほんと情報量の多い都市だなぁ。デジタルってdeleteすればすぐそのデータはハードディスクの奈落だけど、リアル(アナログ)ってdeleteじゃなくて、destroyしなきゃ無くなってくれない。destroyするのには金も人もすごい必要なのか。



